3か月で550拠点を立ち上げるために必要だったのは、人を増やして個別業務を急がせることではなく、業務・役割・情報・判断・運営を一つの仕組みとして再設計することでした。
全国550拠点。期限は3か月
新型コロナウイルスの影響により、多くの事業者が大幅な収入減少に直面していた時期。国の給付金事業において、申請を支援する会場を全国550拠点に立ち上げるプロジェクトが始まりました。
開設までに与えられた期間は、わずか3か月です。全国の会場選定、賃貸借契約、資材設置、人員確保、PC端末やネットワーク回線の整備。さらに、開設後に各拠点を同じ基準で運営するためのオペレーション設計やスタッフ研修まで、複数の業務を同時並行で進める必要がありました。
しかし、前例のない事業だったこともあり、業務の優先順位や責任分担、意思決定のルールは十分に整理されていませんでした。メンバーは目の前の対応に追われ、開始からわずか1週間で離脱者が出るほど、現場は厳しい状況に陥っていました。
すべての業務が「最優先」になり、誰が何を決めるのかも曖昧な状態。必要だったのは、人員の追加ではなくプロジェクト全体の再設計でした。
問題1 すべての業務が「最優先」になっていた
短期間のプロジェクトでは、すべての業務を均等に進めることはできません。限られた人員を分散させれば、開設期限を左右する重要な工程まで遅れてしまいます。
WBSで業務を分解し、クリティカルパスを特定
まず、会場候補の収集から開設・運営開始までの業務を棚卸しし、WBSとして分解しました。そのうえで、開設期限を左右する重要業務、外部パートナーへ委託できる業務、現時点では実施しない業務に分類しました。
すべてを完璧に進めるのではなく、期限を左右する工程へ人員、予算、意思決定権限を集中させました。
会場候補の収集
条件確認と候補選定
賃貸条件の交渉
賃貸借契約の締結
資材搬入と会場設営
運営人員の確保
PC・ネットワーク環境の整備
オペレーションとマニュアルの整備
運営スタッフへの研修
開設準備の完了
「何をやるか」と同時に「今は何をやらないか」を決め、重要工程へ戦略的にリソースを配分します。
問題2 自社と協業先の役割が整理されていなかった
全国550拠点を短期間で立ち上げるには、自社だけですべての業務を完結させることは現実的ではありません。一方で、外部へ丸ごと任せれば、品質や進捗を管理できなくなります。
そこで、業務ごとに自社で担うか外部へ委託するかを判断する「Make or Buy」の考え方に基づき、コア業務とノンコア業務を切り分けました。
| 区分 | 主な業務 | 担い手 | 切り分けの考え方 |
|---|---|---|---|
| CORE | 全体設計・WBS・クリティカルパス管理 | 自社 | 全体の成否と意思決定に直結するため |
| CORE | 会場・設備・人員の要件と判断基準 | 自社 | 全国の品質を統一する基準となるため |
| CORE | KPI・進捗管理・遅延要因の解消 | 自社 | 全拠点を横断した優先判断が必要なため |
| CORE | オペレーション・マニュアル・研修設計 | 自社 | 拠点ごとの対応品質を統一するため |
| NON-CORE | 地域ごとの会場候補の収集 | 協業先 | 地域情報と現地ネットワークを活用するため |
| NON-CORE | 会場運営スタッフの採用・確保 | 協業先 | 全国規模の人材確保を効率化するため |
| JOINT | PC・ネットワーク導入とトラブル対応 | 自社+協業先 | 現地の初動と中央の専門対応を組み合わせるため |
協業先には、単に「会場を探してほしい」「スタッフを集めてほしい」と依頼したわけではありません。委託範囲、必要な品質、報告形式、責任分界点、問題発生時の連絡方法、期限を明確にしました。
パートナー選定と委託契約案の作成は並行して進めました。本来は順番に行う工程を重ねる「ファストトラッキング」によって、契約準備の時間を短縮しました。
問題3 550拠点の情報を同じ基準で比較できなかった
全国の協業先が異なる形式で会場情報を提出すると、確認や比較だけで膨大な時間がかかります。情報が不足すれば確認の往復が発生し、契約直前に設備や導線の問題が判明する可能性もあります。
そこで、会場候補の提出フォーマットを作成し、全国の協業先へ配布しました。住所、面積、賃料などの基本情報だけでなく、実際の会場運営に必要な条件まで確認項目に含めました。
契約直前の「想定外」を、最初の情報収集で防ぐ
- インターネット回線の状況
- 電気設備と必要な電源容量
- 高齢者が利用しやすい導線
- 車いすで入場できるか
- 資材搬入と会場設営が可能か
- 賃貸条件と契約交渉の進捗
- 開設までに必要な調整事項
回収した情報は一つのマスターリストへ集約しました。候補選定、条件交渉、賃貸借契約、設営準備まで、拠点ごとの進捗を同じ基準で確認できる状態です。
Single Source of Truth複数の関係者が、同じ情報を、同じ基準で見る。情報の食い違いと確認作業が減り、判断速度が上がります。
問題4 会場を開設しても、同じ品質で運営できるとは限らなかった
場所、人材、設備が揃っただけでは事業を開始できません。各拠点のスタッフが同じ基準で判断し、同じ手順で業務を進められる状態をつくる必要があります。
オペレーション、マニュアル、研修を一つの仕組みに
現場で発生する業務と判断を洗い出し、誰が、どの手順で、何を確認するのかを標準化しました。現場ごとに運用方法を考えなくてもよい状態を整えます。
研修ではマニュアルを読み上げるだけでなく、業務全体の流れ、役割分担、判断基準、想定されるトラブルと対応方法を共有しました。全国550拠点で再現できるよう、研修内容そのものも標準化しています。
拠点内の役割と責任範囲
日々の基本的な業務フロー
判断に迷った場合の確認ルート
トラブル発生時の初動対応
自社・協業先・現場間の連絡方法
PC・ネットワーク障害時の対応
現場で解決できない問題のエスカレーション
経験者を増やすのではなく、経験がなくても一定品質で動ける仕組みをつくります。属人的な判断を、再現可能な業務設計へ変換しました。
問題5 進捗は見えても、遅れている理由が分からなかった
「何拠点進んだか」だけを確認しても、次の打ち手は分かりません。会場候補が集まっていても契約が進んでいなければ開設にはつながらず、契約が終わっていても人員、設備、研修が間に合わなければ会場は開けません。
そこで、プロジェクトの進行段階に合わせてKPIを見直しました。
数字を報告する管理
- 完了した拠点数を集計する
- 遅れがある事実を共有する
- 各担当者の対応を待つ
ボトルネックを解消する管理
- 停滞している工程を特定する
- 物件・契約・人員・設備・研修の原因を分析する
- 解決担当者と期限を決め、実行まで追う
問題6 現場で判断できる体制がなかった
短期間のプロジェクトでは、判断のたびに複数の承認を待つと、その間に工程が止まります。そこで、社内のチーム体制を再構築し、現場で判断できる範囲と決裁者へ上げるべき事項を整理しました。
特に大きかったのは、「重要な部分は任せる」と権限を委ねる決裁者がいたことです。業務だけでなく、判断に必要な権限まで渡すことで、現場の意思決定速度が上がりました。
誰が何を決められるのか、どの条件で上位者へエスカレーションするのかを明確にします。短期間で成果を出すには、担当者の能力だけでなく、判断が滞留しない構造が必要です。
3か月で550拠点を立ち上げるために必要だったこと
こうした再設計により、全国550拠点の申請サポート会場を、3か月という限られた期間で立ち上げることができました。
全国の申請サポート会場を、設計・契約・設営・人員・IT・運用・研修まで含めて開設
再現できる12の実行原則
WBSによる業務の分解
クリティカルパスの特定
スコープの優先順位づけ
重要工程への戦略的リソース配分
コア・ノンコア業務の切り分け
Make or Buyによる実行体制設計
協業先の選定と業務要件の定義
情報収集・進捗管理の標準化
オペレーションとマニュアル設計
全国で再現できる研修設計
KPI再設定とボトルネック分析
意思決定権限とエスカレーションの明確化
大規模プロジェクトを成功させるために必要なのは、すべてを自社で行うことではありません。何をコア業務として残すのか、何をパートナーへ任せるのか、何をやらないのか。そして、開設後に現場が自律的に運営できる状態をどうつくるのか。その構造を設計し、複数の組織を同じ目標と基準で動かすことが、プロジェクト推進の中心的な役割です。